ある家に出会って…

2010年6月、奥さんの鹿児島の実家へ帰省中に偶然目にした家…。小さいのに広くて、家の中なのに外のような気持ちよさで、なんだかとっても落ち着く家。

当時私は福岡の住宅会社で働いていましたが…福岡に戻ってすぐに履歴書を書き(人生最高の字を書くために何十枚も書きました)

7月…面接を受け
8月…鹿児島に移り住み、
9月…その家をつくった工務店の社員となりました。

「こんな家に住みたい」
「こんな家で子どもを育てたい」
「こんな家で人生を過ごしたい」

それまでの人生でかっこいいなと思う家はありましたが、自分が住みたいと思う家に出会ったことはありませんでした。

この家との出会いで人生が変わりました。
人生を変えた家は、鹿児島のシンケンという工務店が建てた家でした。

運命の土地

シンケンに転職して鹿児島に移り住みました。
でも、すぐに家を建てるのは金銭的にほぼ不可能…。
でも「いつかの未来」のために、家計の見直し、夫婦の人生設計、夫婦間の価値観の共有、土地探し…と、少しずつ、少しずつ、準備をしていました。

そんな中、インターネットの土地情報で出会ったずいぶん田舎の売れ残りの荒地。うっそうとした「やぶ」でいちおう鹿児島市内だけど地名を言っても誰もピンとこないような場所。

クヌギ林のような敷地

そんな土地でしたが、それまでにかなりの数の土地を見てきて初めて夫婦揃って心が動きました。ここから見える景色や、ここで感じる感覚に夫婦して心を奪われました。

荒れたやぶなので、とっても安くてこの金額なら今からでもなんとか建てられるかも…。という希望を持てました。

ふつうは邪魔者扱いされる鬱蒼と茂った木々

この木々を上手に生かせば公園のような庭ができそうだ。
私の目にはありがたい宝物のように見えました。
木々が成長したら、森の中に建つような家になる。
きっと、素敵な場所になるはず。

すぐには無理だと思っていた家づくりでしたが、当初の家づくりのお金の計画で導き出した予定時期より8年前倒しで始まった家づくりでした。

余裕がない、がプラスに

それまでにたくさんの家を感じて気づいていたこと…
「家は、小さくシンプルがいい」
「家は、小さい方が心地いい」
ということ。

今は家族5人でも子どもたちが巣立ったら夫婦2人になる。
それも意外とあっという間にそうなる。だから小さな家で十分。

今思えば、家を建てるときにお金の余裕がなかったことが逆に良かったように思います。欲張り過ぎることなくシンプルに小さくつくることができたから。
そして、手入れをしながら大切に住みつづけるには小さくてシンプルな家の方がいい。

自宅の設計・デザインは自分で行いました。

このブログで、少しずつ、いえとくらしと、それにまつわるいろいろを綴っていけたらと思います。


自宅の間取りと設計コンセプト(PDF)


 

雑誌掲載

◆ 2018年7月
LIVE’S 100号「開放住宅」
LIVES,家づくり,建築,住宅LIVES,家づくり,建築,住宅
https://www.livesjapan.com/issue/100

◆2019年5月
ブルータス「居住空間学」

BRUTUS,居住空間学,家づくり,建築,住宅BRUTUS,居住空間学,家づくり,建築,住宅

https://magazineworld.jp/brutus/brutus-892/

◆ 2021年3月
LIVE’S 115号「脱・都心」

LIVES,家づくり,建築,住宅

LIVES,家づくり,建築,住宅

https://www.livesjapan.com/issue/115

◆ 2021年7月
&Premium「やっぱり、台所は大切です。」

https://magazineworld.jp/premium/premium-91/

経歴

1980年長崎県長崎市生まれ
小学5年生から13年続けた新聞配達をしながら(新聞奨学生制度)大学~大学院修士課程まで学ぶ。

2013年、里山に小さな家を建てました。
奥さんと、男の子、女の子、女の子の3人の子どもの5人暮らし。
ぐうたらだった習慣が家のおかげでがらりと変わり、家事(=家のこと)が趣味になりました。

住宅設計や田舎暮らしのことなど、ご質問ありましたらお気軽にどうぞ。

TOP