里山という場所

草木生い茂る

里山は、自然の領域と、人の領域が溶け合うように共存しています。
高温多湿の6月~9月あたりまでは本当に猛烈な勢いで草木がその力を発揮します。庭には人が雑草と呼ぶ草が繁茂し、大地に根付いた木々は、切ってもまた生えてきます。その草木の力と同じくらい力強く、多くの生き物が生きています。

田んぼと生きるカエルやヘビ

田んぼのあぜ道はもちろんですが、庭を歩くと小さなカエルがぴょんぴょん飛び跳ねます。
時々、カエルを狙ってヘビもやってきます。思い出せる範囲では4種類ぐらいいますが、この中には毒をもつ種類もいます。多くのヘビは人の気配を感じると自分から逃げていきますが、マムシだけは攻撃的なので要注意です。
散歩のときもできるだけ靴を履くようにします。農作業などで茂みに入るときには必ず長靴を履きます。

樹液に集まる虫たち

「点」が寄り添う大きなクヌギの木は、春から秋にかけて、大量の樹液を出します。樹液には多くの虫が集まります。クワガタやカナブン、時々カブトムシなどの虫たちの中に、スズメバチもやってきます。・・・むしろスズメバチの方がよくやってきます。スズメバチを近くで見つけたら、スズメバチ用の殺虫剤で退治します。

循環を支える虫たち

庭の土は、特段肥料を上げなくても、木々が落とした大量の落ち葉で土が肥えています。
コオロギやダンゴムシ、シロアリやゴキブリやミミズなどの生き物、様々な菌類や微生物の力で、落ち葉が分解されて土が肥えていきます。落ち葉の下に隠れている彼らを、人は(わたしも含め)毛嫌いしますが、彼らが居なければ有機物は分解されず、土も肥えず、里山の生命は循環しないことを思うと、ちょっと見る目が変わります。

里山の先輩たち

早朝に散歩するとイノシシやシカ、アナグマやタヌキ、ノウサギやサルなどに出合うかもしれません。
彼らは、わたしたち人間よりもずっと前から、この場所の生命の循環の中で生きてきた先輩たちです。

里山の自然は、街の不自然

自然は、心地いい感覚をもたらしてくれるものですが、時々不快な感覚ももたらします。
人がコントロールできないこともありますが、できる限りの手を尽くして、適度に手入れしながら人と自然の共生の在り方を探る・・・人と自然が混ざり合う循環の場所です。

わたしは、ここに住むまで、虫や爬虫類のことが人一倍嫌いでした。嫌いというより怖かったです。一般的にみんなが嫌がる虫はもちろんですが、セミやチョウでさえも、家の玄関のところに居たらそれが怖くて、家に入れないぐらい怖かったです。

だけど、ここに住むようになって、それらの生き物の存在を「自然」として受け容れることができるようになりました。素手で自分から触れるということは、今でもできませんが…。この里山の環境では、虫や爬虫類がいることが「自然(≒あたりまえ)」なのです。

住宅地や団地など、わたしがここに住むまでに生活してた場所は、人がコントロールする場所なので、人工的なそういう虫がいることが「不自然」だったのです。だから時々出くわすと、怖かったのだと思います。

生きているということ

この里山では、わたしが怖がっていた虫や爬虫類が「生きている」のだとわかります。団地で接する彼らに対しては、動く怖いものという認識でしかなく、彼らが、生きているのだという感覚をもったことはなかったのかもしれません。生きているとわかるということは、その存在を受け容れ、認めることなのだと、この里山に暮らすようになって、わかったような気がします。それは虫に限らず、庭に繁茂する雑草と言われる草に対しても同じです。

里山に生きている彼らは、それぞれに役割を持ち、この里山の循環の一員として確かに、生きています。この里山では、人もその循環の一員なのです。

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