人は空間と切り離して存在することはできなくて、空間からいつも何かを受け取って生きている。
生きるのに必要な空気はもちろん、空気に含まれている湿気も肌で感じている。
今、これを書いているとき、外では雨が降っていて雨の音が聞こえている。
雨の音が聞こえるのと聞こえないのでは、感じているものがちがう。
朝5時50分
外は雨だから、6月20日の夏至に近い季節のわりに薄暗い。
家の灯りをつけると、その灯りによってこの空間で感じるものが変わる。
あたたかい光、差すような光、冷たい光…灯りの具合で気分が変わる。

空間は、細かく分けると、たくさんの要素でできている。
大きく分けると、いくつかの要素。
空気や湿度、建物の素材、そこに置いてある家具や、小物、光、窓があれば窓の向こうに見えるもの。
人が見たり、聞いたり、肌で触れたりできるような要素。
人が見たり聞いたり、肌で触れたりできないけれど、確かに感じられる…そんな要素もありそうな気もする。
・・・
たとえば、ゲームセンターという空間にいれば、ゲームセンターにいるような気分になる。
どんな気分になるかは人それぞれ違うかもしれないけれど、ゲームセンターにいるという気分にはなる。
図書館にいれば、図書館にいるような気分になるし、ショッピングモールや公園にいればそれぞれ、そういう気分になる。
できたばかりの家と、5年、10年、20年人が住んだ家はちがうし、そのちがいの素は、五感と言われる感覚で直接感じられるようなことだけではないようにも思う。
空間の要素の中には、自分でコントロールできるものと、できないものがある。
つくるときにやっておかないとそうはならないものと、つくったあとに好きにできるものがある。
家という空間は、多くの人にとって人生でいちばん、くり返しくり返しいる空間で、いちばん多く身を置く空間。
家を考えるときには、気分のことも想像を膨らませて、その想像を、できるだけ直接感じながら考えたい。
そのために、気分と対話できるといいような気がする。
気分と対話できるほど、深く家を考えられるような気がする。
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